2002-03-05
野依先生のお話
講演−(2)
野依先生と岡崎市の関係は?
岡崎市にある国立共同研究所の
毛利機構長とは親戚で、
ここには、
先生と研究を共にされている学者がいると
言われました。
昨年12月に、ストックホルムで
スエーデン国王から受賞された。
その時、
過去の受賞者700人の内、生存者約160人が
アルフレッド.ノーベルの像の前に集まった。
ノーベル賞受賞の理由は?
酵素は自然が欲しいモノしか作らない。
不斉合成により、
分子の手を右なら右、左なら左と作り分ける。
このことにより、
生物学、医学の研究に貢献した。
つまり、人類に貢献した。
日本人の受賞者は野依先生で10人目。
1949年に湯川先生が受賞された時、
先生は小5だった。
湯川先生は32歳の時、
学会のためヨーロッパ行きの船に乗られた。
その時、
偶然、両親と一緒に同じ船に先生も乗られていた。
長い船旅の中、湯川先生のパブリックレクチャーが
野依先生を徐々に化学の虜にさせたらしい。
その10年後に
湯川先生がノーベル賞を受賞された。
野依先生は無から何かを作ることのできる化学を、
その時初めて凄いと感じた。
12歳の中学の時だった。
だから、“化学者は優秀だけではダメなんですよ。
中学生や高校生に知られる学者でないと、
本物ではないのです”。
語気を強めて言われました。
1966に先生が不斉カルベン反応を発見された時、
当時の学会は認めてくれなかったらしい。
先生は話されませんでしたが、
この時、既に
今回の発明を発見されていたことになります。
解りやすかったのは、
ここで先生は「天然のハッカ」と「合成で作ったハッカ」の
成分が入った瓶を皆に回してくれました。
化学式は同じでも、
手の位置が違うと臭いが不快になるのです。
先生はこの「不快臭の合成の手の位置」を
「天然と全く同じ手の位置」に
変えられることに成功されたのです。
つまり、
D型→L型はこのことをいうのです。
*自然界にはL型しか存在しないのです。
だから、合成のハッカも天然のハッカと同じに
なった分けです。
これが、不斉合成なのです。
合成で出来たハッカをメントールと呼ぶのですが、
世界のメントールの1/3を占めるとのことです。
先生は「これが日本の化学です」と
簡単に片づけられました。
(タバコもメントールが使われています)
先生の尊敬する人はパスツールであり、
今回の発明を彼に見て欲しかったと言われました。
最後に先生は、
これから化学で価値を作るためには、
“化学者+生物学者+医者の共同作業”が
最も大切になると締められました。
木の幹には花は咲かないのですと
印象的な言葉を残されて、
岡崎を後にされました。
*この内容は、野依先生のお話を
思い出しながら書き込んだものです。
間違いが無いと言い切れませんので
ご了承下さい。
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